幸せな空間というものを視覚化するとしたら?
どんな画になるのだろう。 月並みな表現だけどこんな風景だ。 ただひろい野原にスミレやたんぽぽ、しろつめ草などの野の花が咲き乱れ、 時折、電車が通り過ぎる。 こんな場所に立ち、なんでもない時間を過ごせることの幸せ度といったら...! 平城京は、今、野に咲く花たちが見頃ですよ。 ![]()
ロミさん(中野裕弓さん)のコトバから...
・豊かさは降って来る、無制限に。 ・巾着袋を開ける、巾着袋の底は無くす。 ・分かち合う。 ・なったふり、それが似合う人になる。 ・わくわくするルート。 ・直感。 ・起こることは必然、しかも絶妙のタイミングで起こる。 ・宇宙は自分を潰さない。 ・好きな事を仕事にする!! ![]()
昨年の夏のこと。
図書館でみつけたのがトイレと運勢について書かれた一冊の本。 題名も覚えてませんがこんな内容でした。 ---トイレの便座の蓋をきちんと閉めるだけでお金が入って来る。 とある会社の社長が会社で実践しはじめたところ会社が儲かるようになった。 他にも臨時収入が入ってきたと報告多数。--- ほおおと、簡単なので早速実践することにしました。 きちんと閉めるようになると、今度は汚れがついているまま閉めることが気になり、 少しでもお掃除してから閉めるようになりました。 (これは本の中でもそうなると書いてありました) すると...全く予定だにしなかったお金が入ってきました。 すこしまとまった金額だったので驚きました。 これってトイレの蓋効果なのかしら? トイレを掃除しはじめると家庭内でいいことが起こりはじめたように思います。 すぐはじめられることなので今から実践してみてはいかがでしょう★
いい仕事をする。
いい仕事をして豊かになる。 その豊かさをみんなと分かち合う。 家族と楽しく生きていく。 毎日穏やかな気持ちで暮らす。 清潔で趣味のよい空間(住まい)で過ごす。 猫と暮らす。 健康な身体と心。 美味しい食べ物とお酒を親しい人たちと楽しむ。 旅行に行く。 笑う! 2012年の指標を並べてみました。 決断して、よい気流にのってしまえば、あれよあれよと 何もかも実現していくことは知っているのです。 40数年の人生思い返してみても 「こうなりたい!」「ここに行く!」と強く願ったことは ほとんど実現しているのです。 ほんの小さな出来事でさえ、(チョコ食べたいなどというものから) 毎日自分が願って実現しているではありませんか! ついついマイナスに傾いて行く私たちの思考をよいレベルに 引き上げるには日頃の鍛錬が必要です。 よいコトバを受けてせっせとリフトアップ。 自分の心はセルフデザインが可能な領域ですから。 丁寧にいきましょう★ そういうわけで新たに「幸福デザイン」カテゴリ作りました。 時折のぞいて、マイナスに傾きそうになった自分をリセットしていくためです。 同時に、過去の記事から否定的、批判的な内容のものは削除してしまいました。 自分の書いたものでさえ、読み返すと嫌な気分になるものですね。 さて今年最初に選んだ本はコチラ。 ロミさんはいつだって優しい。
岐阜県の大垣市というところに、夫の仕事で3年ほど住んでいました。
離れてはや2年、思い返してあんなところ、こんなところ、 また訪ねたいな...と思うようになりました。 実はまた訪ねたい場所のひとつに、とある医療機関があります。 それが船戸クリニック。 当時ホメオパシーなどの代替医療に興味をもちはじめた私は、 スピリチュアルマーケットなどのイベントを開催していた船戸クリニック に惹かれ、その医療に対する考え方や姿勢に感銘をうけました。 医療って何のためにあるのか? 生きるって何だろう? 医者嫌い、薬嫌いの私にいろいろなことを教えてくれる存在であったように 思います。 久しぶりにホームページをのぞいて、船戸医師のコラムを読んでいたら、 どうしても皆さんにご紹介したくなりました。 お時間がありましたら、是非のぞいてみてください。 船戸クリニック
人の不満話---いかに自分は生活においてストレスがたまっているか
というような話を聞いて、 (あれ、まさにこの部分こそデザイン可能な領域なのに) と思ったのだった。 人生は自由設計、いかようにもカスタマイズ可能。 物質や身体に制限されていることは一部分、自分が自分であるための 感覚や感性、気持ちは誰にも強制されていない。 (だって、暑いと感じなさい!なんて誰も言わないものね) 気持ちよくすごすためには、自分自身のデザイン能力が問われる。 文句が多かったり、いつも怒ったり悲しんでいるのは、デザインセンス がちょっと足りなかったのだ。 誕生日にふとそんなことを考えました。 ![]() 山の中ですごす日が多いので昨年に長靴を新調。 あたたかく汚れても平気、足元もかわいい、こんないい履物はないと思います! 予算の都合上AIGLEでもHUNTERでもない、国内メーカーのANTELOPE。 なかなか良いです。
今年は本当にいろいろなことがありました。
転勤、引っ越し、転校、それにいろんな出会いや出来事が相乗し、 私たち家族にとって本当に濃い9ケ月間でした。 これは目の前に現われることを拒否せず、受け入れるということをした 結果だと感じています。 こんなことが実現しているなんて奇跡的だ!ということも多々あり、 やはり人の「肯定的な意思」というエネルギーの大きさははかりしれない と思うのです。 昨年ごろから「引き寄せ」系、スピリチュアル系が気になり、ヒーリング を受けたり、本を読んだりしてきたものの、うまく自分の中に入ってきて なかったのですが、今になってようやく馴染んできたという感じです。 それでも常に意識してないと、ゴムのようにまた元の自分に戻ってしまい そうになっていたのですが、最近とても素敵なメルマガを見つけて毎日 助けてもらっています。 それは中野裕弓さんの「ロミコミ」。 毎朝9時に数行の短いメールが届き、その日のはじまりに前向きな啓示を 与えてくれます。 クリスマスの朝のメールは「Present 贈りもの」でした。 ちょっとご紹介しましょう。 Merry Christmas! 今日のキーワードは 「Present 贈りもの」 クリスマスの今日はプレゼントを介してお互いに愛や思いやりを伝えるの日。 でもこのプレゼントという言葉には「現在」という意味もあるのをご存知ですか。 起こってしまった過去のことをいつまでも引きずらず、 そしてまだ起きていない未来をあれこれ憂えず、 今という「現在」を大切にすることは自分に対しての大きな贈りものです。 Let's enjoy「現在」 ロミ・コミ 偶然たどり着いたサイトなんですが、今まで見たどの引き寄せ系の本よりも 自分の中で消化しやすくって、キーワードとなる言葉がとても魅力的。 朝、車に乗り込むときにメールみて、その日一日を大切に過ごしたいと思う、 私にとって大事なツールとなっています。
「千と千尋の神隠し」で、エ〜ンガチョ、キッタ!(セーフ!)
という場面を覚えているだろうか。 いつだったか、林望氏がこのようなことを新聞で書いていた。 -------------------------------------------------------------- ひと昔の子どもたちには 水に流し浄化する という考えが 自然にあったように思う。 たとえばA君が犬のウンチを踏んづけてしまったら、友だちに「や〜い」 と囃され、A君が近付くとみんな逃げるだろう。 汚いものから身を守るために、周りの子ども達は「エンガチョ!」のおまじない。 さて、そのあとが肝心である。 その「エンガチョ」は、子どもたちによって小川など流れている水のところで 「エンガチョ、キッタ!」と言って、流され、浄められる。 かくして、ウンチを踏んだ不幸なA君はめでたく汚いものから解放され、 またみんなと何事もなかったように遊ぶのである。 これは水が穢れたものを浄めてくれるという古来からの考えのあわられであり、 また、ひと昔の人間関係もよく表している例であると思う。 -------------------------------------------------------------- うろ覚えなので間違っている箇所もあるかもしれないが、 大体こんな内容であったかと記憶する。 ここでもうひとつ『ムーミンパパの「手帖」』からも少し引用したい。 -------------------------------------------------------------- 他人に対して憎しみや怒りを抱いてもよい空間とはどういう所だろうか。(略) ヤンソンの作品に書かれるものは、ただその場所に行って、 ただ遠慮なく暗い気持ちを抱いていることができ、ひたすら他人を憎み続けたり、 思いきり腹を立てたり、あくまでも悲しみにひたっていることができるだけだ。 しかし、自分のそういう感情を圧さえつけずに、秘かに発散させられるおかげで、 気持ちが落ち着き、実際に犯罪を犯さずに済む.... 「ミムラねえさん」と、ホムサははにかんだ声で言いました。 「もし、君がさ、とても大きな動物でさ、腹を立てたら、どこにいくと思う。」 ミムラねえさんはとっさに答えました。 「うちの裏ね、お勝手の裏の気味悪い森の中よ。 腹が立つとあそこへ行ってしまったものよ。」 「行ってしまったって、君が腹の立ったときのことなの?」 「違うわ。ムーミンのうちの人のことよ。あの人たちは、憂鬱なとき、 腹の立つとき、ひとりになってせいせいしたいときは、裏へ行ったわ。」 ホムサは足を一歩うしろに引いて大声をあげました。 「嘘っぱちだ、そんなこと。ムーミンたちは怒ったことなんてないんだ。」 ......ホムサにはムーミンたちが、とりわけ彼がひそかに憧れているやさしい ムーミンママが、腹を立てたり、ひとに憎しみを抱いたり、悲しみに浸ったり することが信じられないのである。 しかし何日か経って、遇々裏山の「いかりの森」に迷いこんだりとき、 彼はこの森のもつ力に触れるとともに、こうした森の必要性と、 そうした空間を必要とする人間性とを理解するのである。 「ホムサは、森の中を奥へ入っていきました。 何にも考えないで、枝の下をからだをこごめてくぐり抜けたり、 這ったりしているうちに、頭の中が、あの水晶玉と同じように空っぽになりました。 そうだ、ムーミンママは、くたびれたり、腹が立ったり、がっかりしたり、 一人になりたいときには、あてもなく、果てしもなくうす暗いこの森を歩きまわって、 しょんぼりした気持ちをかみしめていたんだ.......。 ホムサにはまるっきり今までと違ったママが見えました。 すると、それがいかにもママらしく、自然に思えました。 『ムーミンパパの「手帖」東宏治著』より -------------------------------------------------------------- 嫌な思い、不要な感情は流したり、昇華したりしてクリアにする。 そんなまじない(エンガチョ)や空間、とても大切なことのようです。 < 前のページ次のページ >
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